張本勲のジャンプとは?

サンデーモーニングのご意見番コーナーでおなじみの張本勲さんですが、
「ジャンプ」というキーワードで話題を呼んでいます。

張本勲さんのジャンプとは何なのでしょうか?

張本勲のジャンプについて



張本勲さんのジャンプというのは、
以下の画像の事です。

2e17689b.jpg

これは、1977年王貞治さんが当時ハンクアーロンの世界記録755本塁打を抜く、
756号本塁打を打ったとき、喜びのあまりネクストバッターサークルにいた張本勲さんが、
ジャンプした写真です。



当時張本勲さんは38歳です。
写真ではあまりの大ジャンプなので驚いてしまいますね。

構図があまりにも絶妙なので、
走っている途中のジャンプにも見えてしまいます。

張本勲さんというと、「安打製造機」の異名をとり、
バッティングが超一流というイメージがあります。

イチロー選手のピートローズの安打数世界記録越えの際にもコメントしているように、
打撃技術ばかりに目がいきがちなのですが、
実は脚も速かったのです。

現役23年の通算盗塁数は319です。盗塁王こそ取れませんでしたが、
40盗塁を記録した年もあり、脚力が優れていたのです。

大ジャンプ写真は張本勲さんの高い脚力を表している1枚ですね。

バッティングは下半身が重要ですが、
1977年も打率.348を記録し、まだまだ下半身が健在であったと言えます。

ただ、守備は下手だったらしく、
野村克也さんにも指摘を受けています。

有名な話では、「空中イレギュラー」があります。

これは、レフトを守る張本勲さんが、
フライを落球した際、「空中で打球がイレギュラーした」という名言(珍言?)
を残したものです。

走・攻は揃っていますが、守についてはいまいちだったようですね。

続いて、王貞治さんとのエピソードを紹介します。

何故、王貞治さんが本塁打新記録達成の時、
ジャンプしてまで喜んだのかがわかります。


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張本勲と王貞治のエピソード




実は二人はプロ野球の同期で、入団当初から仲の良い親友でありました。
新人の頃は、広島の張本勲さんの実家に王貞治さんが泊まったこともあるそうです。

家に泊まるなんて、本当に仲が良いのだと思いますね。

お互いの高い技術を認める仲で、
張本勲さんも王貞治さんから刺激を受けていたようです。

雑誌などのインタビューでは、歴代のナンバーワン打者の名前に「王貞治さん」を常に上げています。

1979年、張本勲さんが成績低迷を理由に当時在籍していた、
読売ジャイアンツから放出されようとしていました。
当時は日本では前人未到の3000本安打まであと数十本と迫っていました。

普段一切フロントには物を言わない王貞治さんが、
「張本君に巨人で3000本安打達成させてください」
と残留要請しました。
これはオーナーへの直談判だったようです。

王貞治さんは人格者で有名で、
こんなことは初めてでした。

そこには、親友の張本勲さんに対する、
友情があったのだと思いますね。


激しい火のような性格の張本勲さんと、
穏やかな性格の王貞治さんはとても合うのかもしれませんね。

あの張本勲さんのハイジャンプは、
親友の王貞治さんの記録達成への溢れる喜びが爆発した一枚ですね。