糸井嘉男 阪神での背番号は3 過去に着けてた選手は?

オリックスバファローズの糸井嘉男選手が、
フリーエージェント宣言しました。

阪神タイガースが獲得に乗り出し、
背番号3を用意すると言っています。

糸井選手クラスの大物選手となると、
背番号一桁をつけるのに
相応しいと思います。

それでは、阪神タイガースの
背番号3はこれまで誰が
つけてきたのでしょうか。

◆目次
・糸井嘉男これまでの背番号は?
・阪神の歴代背番号3を紹介

糸井嘉男これまでの背番号は?



まずは、糸井嘉男選手が
これまで使用してきた背番号について
紹介します。


・日本ハム時代

糸井嘉男がプロ入り後最初に入団したのは、
日本ハムファイターズです。

この時つけていた背番号は26です。

投手として入団したので、
新人がつけるには妥当な背番号かと思いますね。

その後故障もあって
投手としては芽が出ず、
3年目に野手へと転向します。

これが、糸井選手飛躍のきっかけとなります。

その後、持ち前の50m5秒台の俊足や、
強肩を武器に外野手としてブレイクします。

その後の活躍はご存知の通りです。

ブレイク後も背番号は26のままでした。

2012年のシーズンオフ、
3対3の大型トレードで、
オリックスに移籍します。


・オリックス時代

オリックス入団後には、
背番号は7をつけています。

これは今現在も変わりません。

こういった大物選手が移籍してくると、
球団側としては、その期待も込めて、
一桁台の背番号を用意しますね。

7番は、俊足強肩強打の糸井選手に
良く似合った背番号だと思います。

7の形もシャープな糸井選手にピッタリですね。

糸井選手自身はオリックス移籍後も、
背番号7に相応しい活躍をします。

持病のひざ痛もあり、
2015年こそ打率3割を切りますが、
それ以外の3年間は全て3割をマークします。

特に今シーズンは53盗塁を記録し、
日本プロ野球最年長の盗塁王となています。


FAの目玉になるのもよくわかります。

獲得に名乗りを上げている
阪神タイガースも一桁の背番号3を用意し、
誠意を見せています。


阪神タイガースの背番号3は?




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それでは、阪神タイガースでは、
これまで背番号3をつけてきたのは、
誰なのでしょうか。

まず最も最近つけていたのは、
関本賢太郎さんです。

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*http://www.daily.co.jp/newsflash/tigers/2014/07/13/0007140741.shtmlより引用*

2000年~2015年にわたり、
15年間のプロ生活を送りました。


2015年に現役を引退しましたが、
現役終盤は代打の切り札として活躍しました。

通算成績は、1272試合出場 807安打 
48本塁打 312打点 打率.278


その前は、「元祖代打の神様」
八木裕さんです。

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在籍年数1987年~2004年

オールドファンには、
とても懐かしい選手では無いでしょうか。

社会人野球から、
ドラフト3位でタイガース入団後、
強打の野手として活躍しました。

特に1990年から1992年までは、
3年連続20本塁打を放ち、
「掛布二世」と注目された時期もありました。

1998年からは、「代打の神様」として、
代打をメインとして活躍します。

代打通産打点98は球団歴代2位の記録です。

通算成績は、1368試合出場 817安打 
126本塁打 479打点 打率.247


他、日本一になった1985年には、
長崎啓二(慶一)さんがつけていました。

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*http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=002-20151012-03より引用*


阪神に移籍した時は既に、
現役生活の終盤を迎えていました。

それでも、移籍一年目の1985年には、
日本シリーズで満塁本塁打を放つなど、
ファンにとっては印象深い選手だと思います。

こちらの長崎選手も、
主に代打としての起用がメインでした。

通算成績は、1474試合出場 1168安打 
146本塁打 508打点 打率.279

阪神での在籍年数は
1985~1987年の三年間でした。


こうしてみると、
阪神タイガースの背番号3は、
なんだか「代打の切り札的」な印象が強いですね。

しかも、通算成績もなんとなく似ていますw

糸井嘉男選手には、
阪神タイガースにもし入団した暁には、
背番号3のイメージを変えてほしいですね。