高安はハーフ大関 その父親は?どんな人なの?

大相撲2017年名古屋場所が近づいてきました。
注目は何といっても、
新大関の高安関です。

横綱稀勢の里関と同じ部屋、
弟弟子としても注目です。

5月場所では、圧倒的な力で、
大関昇進を決め、
優勝した白鳳のインタビューでも、
祝福の声が上がりました。

そのインタビューで、
母親がフィリピン人のハーフであることが、
分かりました。

(正確には、フィリピン国民の皆さんおめでとうございます!
と言っていましたね)

千秋楽のテレビ中継で、
何度も母親の姿が映し出されました。

さて、それでは父親はどのような人なのでしょうか?

兄弟子の稀勢の里関が初優勝した際、
その父親貞彦さんも注目を集めました。

・関連記事
稀勢の里の父親について

やっぱり、どんな父親なのか、
とても気になるところですね。

それでは、ハーフ大関、高安関の父親について、
紹介していきますね。

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高安関の父親はどんな人!?



先ほども話をした通り、
高安関の母親はフィリピン人です。
名前はベビリタさんと言います。

ということは、ハーフですので、
父親はおのずと日本人だといえますね。

名前は髙安栄二さんと言います。

高安.jpg
*http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/sumou/691459/より引用*

高安関のしこ名は、
本名だったのですね。

最近関取になってもしこ名を本名にする力士が
増えてきていますが、
高安関もその一人であるといえますね。

他には遠藤関 石浦関などがいます。

父親の栄二さんは、
エスニック料理店の経営者をしています。

そのため、子供のころは遊び終わると、
父の料理屋に行くのが高安関の日課でした。


父親というのは、
子供の人生において、
大きな影響やきっかけを与えるものです。

稀勢の里関は、
父親の貞彦さんが将来スポーツ選手になれるように、
いろいろと考えていた話は有名です。

偏った筋肉がつかないように
様々なスポーツを経験させたり、

おやつはお菓子を与えず、
体にいい自然なものを食べさせたり、

父親無くしては、
横綱稀勢の里の誕生はなかったでしょう。

高安関と栄二さんの間には、
どのような物語があるのでしょうか。

高安関と父栄二さん



高安関は、ハーフということもあり、
身体は大きく運動神経は抜群です。

中学までは野球少年でした。

この辺も兄弟子稀勢の里と似てるんですよね。

数奇な運命を感じます。

当時から身長180センチメートル、
体重は120キロという巨漢で、
足のサイズはなんと33センチメートルありました。

この辺は相撲向きだなと思います。

父親の栄二さんは、
もともと大の相撲ファンでした。

身体のでかい息子を見て、
「自分の息子を相撲取りにしよう」

と思ったようです。


この辺がなんともすごいですよね。

普通じゃいくら相撲ファンでも、
自分の息子を相撲取りにしようと、
行動しないでしょう。

高安少年中学生の夏、
父栄二さんは、高安関を車に乗せ、
千葉県松戸市にある鳴門部屋に見学に行きます。

「見るだけだから」

と半ば無理やり車に乗せて、
連れて行ったようですね。

これが高安関の運命を決めたと思います。

冬になると、先代鳴門親方から、合格通知が届き、
鳴門部屋への入門が決まるのです。

が、しかしです・・・

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父親の病がきっかけで覚醒



2005年春、中学卒業と同時に
鳴門部屋に入門することが決まります。


しかし、話はそううまくいきません。


元隆の里、先代鳴門部屋は、
猛稽古で有名な部屋。

中学を卒業した高安関は、
ついていけません。

そして、合計7回も部屋を脱走したのです。

あの強い高安関がと考えると、
信じられない話ですね。

それだけ稽古が厳しということです。

脱走後は実家に帰ってきたこともありました。


しかし、栄二さんは、息子が家に帰ってきても、
「一つのことをやり遂げろ」
と鳴門部屋に追い返しました。


これはなかなかできることでは無いですよね。
かわいい息子に厳しくするのはつらいと思います。

息子高安に対して、信頼があったのだと思います。


そんな高安関が変わったのは、
2006年栄二さんが、腎臓がんにかかった時でした。

病状はひどくそれまで経営していた店も、
たたんでしまいました。

一家の大黒柱が傾いてしまったのですね。

これまで、脱走を繰り返していた高安が、
これを機に猛稽古を開始します。

あの稀勢の里との猛稽古です。


自分がしっかりしなくては、
という気持ちになったのですね。

ハーフの高安関は、骨太のどっしりとした体をしています。
これは母親譲りですね。

この強い体をいかして、
めきめきと頭角を現すのです。

関取昇進としこ名



そして、夢にまで見た十両昇進を成し遂げます。

大相撲では、重量に上がると関取と呼ばれ給料を始めてもらえます。

付き人がついたり、着物が着れるなど、
待遇は幕下時代と天と地の差があります。


そこで、しこ名をかける話があり、
父親の栄二さんは鳴門親方に

「しこ名は一族の名前(高安)にしてほしい」

と相談をし、関取高安が誕生したのです。

高安関誕生の陰には、
父親の栄二さんがいたのですね。

とても良い父子の関係ではないでしょうか。

新大関の名古屋場所も期待したいですね。

以上高安関の父親についてでした。